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北川フラム総合ディレクター アーティストWEBインタビュー vol.1「コロナの状況下においてアーティストが持つ希望」
新型コロナウイルス感染症の影響により、今でも日本全国では緊急事態宣言により様々な活動を自粛している状況ですが、海外諸国ではさらに被害が広がり、日本以上に様々な制限がある状況です。
このような状況をアーティストたちはどのように感じ、何を考え、何をしようとしているのか。17の国と地域から参加するアーティストたちに、北川フラム総合ディレクターが問いかけます。
今回はロシアから参加する4人のアーティストにテレビ会議でお話を聞きました。そこには旧ソ連時代という厳しい規制の時代を過ごしてきたロシアの人々ならではの思いや言葉がありました。
外に出ることができず、悶々と過ごす私たちに「今だからこそできること」を前向きに考えるヒントを与えてくれるのではないでしょうか。
参加者(順不同、敬称略)
アレクサンドル・ポノマリョフ、ウラジミール・ナセトキン、ターニャ・バダニナ、レオニート・チシコフ、 北川フラム総合ディレクター
通訳等協力
鴻野わか菜
北川フラム総合ディレクター(以下、北川D):
まず、モスクワあるいはロシアではどのような制限がかけられ、ソーシャルディスタンスはどのようになっているのでしょうか。
レオニート・チシコフさん(以下、チシコフ):
モスクワは感染者が多く、とにかく厳しい状況にあります。私も病気で入院していましたが、感染者受入のため早期に退院せざるを得なくなりました。
ロシア全体でも感染者が多い状況 (※)ですが、今後さらに増加すると考えられています。政府は感染者数を抑えるため、あらゆる規制をかけ、外出にも厳しい制限をかけていますが、すべての人々が責任感を持って規制を守っているわけではありません。感染者の多くは若者で、高齢者の方が規制を守っていると感じています。なぜなら彼らは旧ソ連時代という不自由の時代を知っているからです。
(※) 5月4日報道によると約13万5千人
ウラジミール・ナセトキンさん(以下、ナセトキン):
ロシア全体でも厳しく制限されており、学校、レストランなどのあらゆる施設が閉まっています。
経済的に非常に打撃が大きく、モスクワだけでなく私の出身地であるウラル地方、シベリアなどロシア全域で人々が非常に困窮しています。政府は「お金を貸す」と言っていますが、返済しなければならないものであり、人々の助けにはならないのではないでしょうか。
アレクサンドル・ポノマリョフさん(以下、ポノマリョフ):
私はモスクワに住みモスクワのアトリエで活動していますが、今までこんなに空っぽのモスクワを見たことがありません。街にあるのはコロナウイルスに関する注意喚起の巨大なポスターだけです。曇りの日はまるでドストエフスキーの作品を思わせるような、陰気で空虚な街になっています。
経済的なことについて言えば、この状況は芸術家にとって非常に困難なものでありますが、いちはらアート×ミックスのフィーが届いたことが精神的な支援にもなりました。
北川D:
日本はロシアに比べると規制は厳しくありません。人々の動きが多く問題になっています。
最低限生活に必要なものを販売する店舗は開いていますが、一般的な小売業、サービス業の店舗営業、イベント、展覧会の開催は厳しい状況です。日本は非組織労働者が非常に多いため、そういった人々が特に困っています。
北川D:
次の質問です。このような状況に対してどのような考え、思いをお持ちでしょうか。
チシコフ:
渡航制限により私たちは直接会うことができませんが、友情が壊れることはありません。「この状況は一時的なものであり、何も破壊されることはない」ということを人々が信じることが重要です。
この状況は芸術家たちにとって試練であるだけでなく、自分の創作について再考し、成長するための可能性であると思います。芸術家は常に穏やかな状況で制作活動をしてきたわけではありません。どのような状況も、新しい調和を作り出し困難を克服するための貴重な機会になります。作品をつくる、というプロセス自体は一時的に止まってしまうかもしれませんが、アイディアや思索、創造性は止まることはなく、かえって研ぎ澄まされるのではないかと思います。
私はいつも小湊鉄道の車両の模型を傍らに置いていますが、車両が私に「いちはらの旅は終わっていない」と語りかけてきます。
ターニャ・バダニナさん:
人々は孤独の中にいますが、芸術家にとって外的な要因に煩わされることがない今の状況は、かえって良い状況であるとも考えることができます。自分の中に深く沈潜し、読書やプロジェクトの構想、作品ドローイングなどに没頭できます。
また、こうした状況の中でしばしば「未来について」考えるようになりました。この状況が収束したらどのような展覧会を開催しようか、作品をつくろうか、いちはらアート×ミックスについても思いを巡らせ、楽しみにしています。
ナセトキン:
個人について言えば、家族、家庭というものは人間にとって、芸術家としての自分にとって重要であるという理解を改めて深めました。
グローバルなことについて言えば、この状況は人間同士の関係、家庭の中の関係、人間と自然の関係をもう一度新たな視点で考え、何かを学び、得る機会を与えてくれているように思います。悲劇的な状況ではありますが、そこで何かを克服していくというのは芸術家が考えなければならないテーマであると思います。私も芸術家としてそのことについて考え、希望を持っています。
ポノマリョフ:
広い視点で言えば、この状況は芸術家の生活を何ひとつ変えることがないと考えています。私のアトリエは地下にあり潜水艦のような空間です。私はそこでいつもひとりで何かを考えたり、絵を描いたり、詩を書いたりしています。それはこのような状況でも何も変わることがありません。ただ、インスタレーションを制作している芸術家について言えば、製造や作業をする人々が労働を止めているため、制作をすることができずこの状況が長く続けば続くほど辛いのではないかと思います。
そして一番重要なことは、世界でこのパンデミックが好転しない場合、人々は今までのあり方を変えていかなければならない、ということです。あらゆる人間が、国籍も何も関係のない「個」としての人間として、新たな関係を構築しなければなりません。どの国にも属しておらず、人間同士の新たな関係構築がすすむ南極大陸でのみコロナウイルスの感染者がいないということは、非常に象徴的なことではないかと思います。文化や科学の分野でも、資源を取り合う戦争のような状態ではなく、もう一度人間同士の関係を考え直す必要があります。
私たちは今回のことで「人間は無力である」ということを知りました。しかし、芸術家は変わらなくてはなりません。こうした世界の新しい状況に対応するために、人間同士の新たな関係をどのように作っていくか、というビジョンを提示する役割を持っていると思います。
チシコフ:
4月末にロシアでの展覧会に参加しましたが、設営は限られた人数で行われ、インターネット上でオープニングセレモニーやエクスカーションを行うなどの対策をしながら開催しました。こうした試みは観る人や作家を励ますものであり、その背景には、第一にリーダーがしっかりしている、第二に美術館のメンバーが集団として機能しているということがあります。こういったことがあればどのような状況でも、どのような美術館でも活動を続けることができるのです。
また、コロナウイルスの影響により、芸術の世界に驚くべき変容がありました。Facebook上で芸術家とコレクターが互いに助け合うという運動が始まったのです。そこには約5000人が登録しており、ビジネス抜きに相互を助ける価格で、作品を購入し合っています。パンデミックの影響で芸術家と芸術を愛する人々の新しい共同体が生まれたという、とても意味あることだと思います。
ポノマリョフ:
こうした状況は過ぎ去ると思うので、これから新しいこともできる。未来はあるでしょう。とにかく皆で健康を大切にすることが重要です。北川さん、マスクに穴を空けてタバコを吸った方が良いのではないですか?面白いオブジェになると思います(笑)
ナセトキン:
こうした困難な状況のなかで、いちはらアート×ミックス含め皆さんが芸術に取り組み続けているということは、国境を越えて私たちの非常に大きな支えとなり、インスピレーションを与えてくれます。とても感謝しています。
ポノマリョフ:
この状況が終わったらぜひ皆さんにロシアへ来ていただきたいです。いちはらアート×ミックスの開催は来年になりましたが来年まで準備を進めます。小湊鉄道の皆さんにもよろしくお伝えください。
人類は皆同じひとつの潜水艦に乗っているのです。生きとし生けるもの皆で助け合って行かなければならなりません。
北川フラム総合ディレクター アーティストWEBインタビューシリーズ
vol.1「コロナの状況下においてアーティストが持つ希望」
vol.2「離れた場所でのコミュニケーション」
vol.3「国境を越えて」
vol.4「作家の小さな日常の変化」