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2020.03.26
コラム

ディレクターズカットvol.3「3月26日」

 養老渓谷駅の奥、小高い丘のなかに今回の芸術祭の最終地点があります。旧朝生原小学校の跡地に、昨秋の台風で倒れた樹齢150年ほどのイチョウの大木があり、その根を丁寧に掘り、あらためたものが遺跡現場のように開陳されているのです。

 

 毛管すらもおろそかにしない、信じられないほどの営為。言わずと知れた竹腰耕平の仕事です。彼は2015年の宇部彫刻ビエンナーレで、根の作品で鮮烈に私たちの前に現れてきました。一本の木を巡って、実に多くのことを考えさせてくれます。ぜひ行ってください。まさにサイトスペシフィック。

  

 サイトスペシフィック・アートは具体的な場所に根差し(生活、空間、歴史、気象など)を参照しながら制作する作品と言ったらよいでしょうか。
 美術館やギャラリーのホワイトキューブ空間(白い高い壁という世界中のどこでも可能な抽象的・絶対的な、土地とはかかわりなく成立する空間)と対照的な空間でのアートのことですが、市原をはじめとする地域型芸術祭で、この傾向は多くなりました。それは、都市の競争や大量消費と記号化により生理感や猥雑さのなくなった空間や、過疎で若者がいなくなった荒れた農村にこそ、社会の現実や課題があり、そのような場所でこそ、美術の働きがあると考えるアーティストがたくさん登場してきたという流れによるものです。

 このサイトスペシフィックな活動をするアーティストを、市原湖畔美術館では昨年11月から今年1月まで「宮本常一に学ぶ」という展覧会で特集しました。前回述べた「上総久保駅ホテル」の西野達さんもそうですが、この竹腰耕平さんやこれから述べる中崎透さん深沢孝史さんはこの傾向を代表する作家です。

  

 中崎さんは、牛久商店街にある1964年のオープン(その前にも2回移転して店をやられていた)から56年になる安藤洋品店の2階、3階を使って楽しい味わいのある展示をしてくれました。

 

 日本経済が元気になり始めた1960年頃、全国のどの中小都市にも現れた、生活雑貨、家具、衣服を扱う総合的なお店(小型百貨店という感じ)が今も商店街に残って営業されているのです。昭和の後半には近郊近在の人たちが、それこそ門前市をなすほどに来られ、消費社会、高度成長経済の花形のようなお店であったそうです。

 

 中崎さんはその一軒のお店を通して社会と街を見ようと、作品を展開してくれました。オーストラリアには、それこそ文明のすべてを収蔵展示するメルボルン・ミューミアムがありますが、ここでは生きている世界を感じることができます。ぜひ楽しんでいってください。

 

 商品も手に取り買っていただけるともっと楽しいと思います。昔のままの正札がついていたりします。

3月26日 北川フラム